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2025年11月22日土曜日

翻訳者にInDesignのスキルは必要か?

 

今年いただいた翻訳案件の中には、元データがInDesignで作成されたものが数件ありました。

クライアントはそれらをPDF化して送ってくださったのですが、私はそれをパワーポイントに変換し、日本語に翻訳して納品していました。

しかしこの方法には、次の欠点があります:

  • クリックで文字が表示される「ポップアップ」機能が使えなくなる
  • グラフが崩れてしまうことがある
それでも長らくInDesignを避けてきました。

というのも、7年ほど前にInDesignを使った際、ソフトを起動するたびに大量のデータが自動的にダウンロードされ、通信量が膨大になってしまい驚いた経験があったためです。以来、できるだけInDesignを使わずに済ませてきました。

しかし、最近はクライアント側のデザインが複雑になるにつれ、パワーポイントに変換して修正する作業そのものが非常に手間となり、負担を感じるようになってきました。

最後にInDesignを使ったのは相当以前で、使い方もすっかり忘れていました。そこで、以下の入門書を購入しました。

世界一わかりやすい InDesign 操作とデザインの教科書[改訂2版]

文字サイズを変えるにしても、行間を設定するにしても、WordやPowerPointとは操作がまったく違うので最初は戸惑います。しかし慣れてくると、InDesignならではの便利さも少しずつ実感できるようになってきます。

この本はとてもよくできていて、練習していく過程も意外に楽しいものです。指示どおりに進め、分からないところはChatGPTに尋ねると解決できます。



2025年9月5日金曜日

クライアント業務でChatGPTを活用した初体験

 先日、クライアント様から大型案件の翻訳の打診がきました。「完了まで1か月ほどかかります」と見積もりを伝えました。


クライアント様からの返信がしばらくなく「やはり、1カ月はかかり過ぎか」とあきらめかけた矢先、よく調べてみると、その文書はすでにインターネット上で公開されていることに気づきました。つまり、機密性の問題を気にせずにChatGPTを活用できる状況。そこで「AIの力を借りれば、翻訳をほぼ半分の時間とコストで提供できるでしょう」と再提案を出したところ、クライアント様は即決で了承してくれました。


クライアント案件でChatGPTを統合して活用したのは今回が初めてです。まず、使用制限のゆるい有料版を開始したけれど、最初の数時間は試行錯誤と苦労の連続でした。

例えば、

  • ファイルをアップロードしようとしたところ、できない!→アップロード用のアイコンがない場合は、ドラッグすればできることが判明。
  • ファイルのダウンロードができない!→ファイル名を日本語から英語にするとできることが判明。
  • レイアウトができない!→人間がやるしかないことが判明。


翻訳の精度で言えば、業界で新しい専門用語は人間による書き直しが必要であることが分かりました。また、1カ所だけ数字を間違えていたのには驚きました。


全体的に、結果は非常に前向きなものでした。生産性はほぼ2倍となり、納期を短縮すると同時に、時間当たりの収益も約70%向上させることができました。


AIが実務にどのように付加価値をもたらせるのかを探る良い機会となり、今後も品質・スピード・価値のバランスを追求していきたいと思います。

2025年8月2日土曜日

ChatGPTの精度と情報漏洩

驚いたことに、ChatGPTの精度は約95%で、残りの5%は「もっともらしく見える誤情報(ハルシネーション)」だそうです。


この情報は、ChatGPTの2025年7月版のシステムカード(AIの仕組みを解説した公式文書)によるもので、自社がそのように説明しているのですから間違いないでしょう。


私は、もっと精度が高いものと思い込んでいました。翻訳の仕事をする際には、あくまでも参考として、ChatGPTをよく使っていますが、私の周囲にはChatGPTを100%信頼しているかのような翻訳者もいます。また、「AIの影響で人間の翻訳の仕事が減っている」という話もよく耳にします。


その一方で、特に金融分野においては、その5%の誤りが重要な情報だった場合、大きな問題になるリスクがあるということです。


さらに、同じ情報源によれば、ChatGPTが個人情報をインターネット上にうっかり漏洩してしまうリスクは約9%あるとのこと。これもかなり衝撃的な話です。翻訳者として、顧客の機密情報を扱う際には、無料版のAIサービスを使うべきではないと、あらためて感じました。


[参考]

OpenAI, 2025年7月17日, ChatGPT Agent System Card

2025年7月2日水曜日

金融翻訳者を悩ませる「underwriting」という言葉


金融の世界では、同じ単語がセクターによってまったく異なる意味を持つことがあります。「underwrite」もその一例です。

株式や債券の分野では、underwrite は「引き受け」を意味します。つまり、企業が新規に発行した証券を証券会社がいったん買い取り、後に投資家に販売することを指します。

一方、不動産投資の分野では、underwrite は対象不動産の投資分析を行い、適正な投資価格を算出することを意味します。業界ではカタカナで「アンダーライト」と言うようです。証券の「引き受け」とは異なり、この段階ではまだ資金を投じていないのです。

さらに、不動産ファイナンスの分野では、underwrite融資の評価を行うことを指します。不動産投資における用法に近く、私は「融資評価」と訳しています。


*参照:「不動産ファンドがよ~くわかる本」

2025年6月20日金曜日

金融翻訳では、ときおり「逆」が正しいこともある


頭が疲れているときに翻訳作業をしてはいけない——これは、昨晩あらためて感じたことです。


クライアントの資料の中で、投資ファンドのパフォーマンスを四分位に分けてランク付けしている文書に出会いました。(四分位とは、データセットを25%ずつ4つに分ける手法です)。今回の文書では、上位のファンドが「1st quartile」に分類されていました。


さて、これを日本語でどう訳すべきでしょうか?


辞書によれば、あるいは統計学的に厳密に訳せば「第1四分位数」となります。これは正しい訳なのですが、日本語でこの言葉を見ると、「下位25%」という意味に受け取られてしまいかねません。


しかし、文脈を見ると筆者が言いたいのは「上位25%の好成績ファンド」なのです。

この場合、適切な訳は「上位25%」またはそれに準じる表現の方が明らかに誤解を防げるでしょう。


なぜこのようなことが起きるのでしょうか?

調べてみると、投資業界では「四分位ランク」が一般的に使われており、ランクの数字が小さいほど成績が良いというルールがあるようです。そう考えれば納得がいきます。


一方で、統計の一般的な使い方では「第1四分位数」はデータの下位25%を指してしまいます(下記の図をご参照ください)。



金融翻訳者は、こうした言葉の落とし穴に常に注意を払う必要があります。

正確に訳したつもりでも、意図の真逆になってしまうことがある——それが金融翻訳の奥深さでもあります。

疲れていると、つい深く考えずに言葉をそのまま置き換えてしまいがちです。しかし、プロの訳者はそれを避ける術を知っています。つまり、必要なときにはしっかり休むことが大切だということです。


[参考]

What is quartile ranking?

Explained: What is quartile ranking in mutual funds and how to analyse schemes using this ranking