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2019年7月28日日曜日

翻訳文のチェックで悩まないために

さて、外部の業者から翻訳文を受け取ったら、どうやって社内でチェックをすればいいのでしょうか?

翻訳されたものは購入者の所有物ですから、ご自由に加筆修正していただいて結構ですし、自社の営業方針に合わせて編集する必要もあるかと思います。
 
以下では、訳文の精度のチェックという観点で、Brian Mossop著「Revising and Editing for Translators」に基づいた「チェックの原則」をご紹介いたします。

同書は、日本翻訳者協会の理事長であるトニー・アトキンソンさんが推薦してくれた本です。著者はカナダ政府の翻訳局で40年にわたって翻訳を行ない、翻訳のチェックと指導にも従事したベテランです。


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○ あなたの求める翻訳レベルは?


翻訳の質、すなわち正確性と文章の質は、以下の4つのレベルに分けられます。
  1. かろうじて理解可能なレベル(Intelligible)ー 元の文章の大まかな内容を読み手がはなはだしく誤解するまでには至らないレベル。
  2. 内輪向けレベル(Informative)ー 読むに堪える文章で、意味がかなりはっきり伝わる。社内で小数の社員が情報を共有することを目的とし、読んだ後にお役御免となる文章に向く。
  3. 外部発信用レベル(Publishable)ー 文句なしに正確で、明瞭で、業界向けの表現を使っており、読みやすい。長期間にわたって社外の多くの人々が読む可能性のある文章に向く。
  4. 匠のレベル(Polished)ー このレベルになると、内容とはまったく関係なく、読むという体験自体が快感をもたらす。このように磨き抜かれた文章を書くには多大な時間を費やす必要がある。文章のひとつひとつが完璧になるまで何度でも書き直す。
チェックが必要なのは3と4でしょう。

 

○ 何をチェックすべきか?


翻訳のチェックとは、まずは大きな間違いを見つけることです。

例 ― 訳抜け/はなはだしい誤訳/あまりにも翻訳調なところ/専門用語の間違った使用/誤字脱字/ページの割り振りの間違い。

お金を出して訳してもらったものに大きな間違いがあるはずがないと思うかも知れませんが、最近はインターネットの普及で参入障壁が低くなったことにより、翻訳業者も玉石混淆となり、「え?!」と驚く品質のものも散見するようになりました。

さて、大きな間違いがなかったとして、次に欲をいえば、文章のスタイルを直したり、やや翻訳調っぽい部分を取り除いたり、原文にもっと忠実になるように少々手を加えることも可能です。

しかしながら、人にはそれぞれ好みがあり、他人の文章をチェックする場合、たとえ良い翻訳文であっても、「自分がやったらこうなる」という翻訳文に変えたくなるのが人情…。

時間は無限にないので、バランス感覚が必要です。

 

○ お勧めのチェック原則4選

  1. 「ん?」と2回読まないと意味が分からない文章、原文を参照しないと意味が分からない文章は、修正が絶対に必要です。
  2. 文章を全面的に書き直すのではなく、小さな変更にとどめましょう。
  3. 迷った時は、書き換えるのを止めましょう。新たな間違いを生まないために。
  4. 根拠を説明できない書き換えは止めましょう。

○ べからず集6選

  1. なんとなくこの部分はもっと良くなるような気がする…。(そうかもしれませんが、必要性はありますか?)
  2. 同じことを違うふうにも言えるけど、どっちがいいだろう…。(どちらが良いかを決める必要はありますか?)
  3. せっかくチェックしてるんだから、何か変えなくては…。(いいえ、その必要はありません。)
  4. この方がカッコいいから…。(「カッコいいから」は、さしたる根拠になりません。)
  5. 自分だったらこう訳すから…。(あなたの担当は翻訳ではありません。)
  6. もっといい翻訳を思いついたから…。(その翻訳を改善する必要はありますか?それとも、今のままで十分ですか?)

 

○ チェックは誰が、どこまでやる?


理想的には、翻訳者と同等のスキルを持つ別の翻訳者が原文と突き合わせればいいのですが、これでは翻訳に要する時間と費用が2倍かかってしまいます。

したがって現実的な対応として、あなたの会社でその分野に詳しそうな方が訳文のみに目を通すことをお勧めします。

実際、欧州経済協力機構(OECD)の翻訳方針においても、信頼できる翻訳者を使っている場合、チェックは重要でも必須でもなく、やらないよりやった方がいい、という程度で、チェックする場合は訳文だけを読む形を推奨しています。

訳文を読んでみて、文のつながりが悪いとか、論理の展開がおかしいとか、翻訳が怪しそうならば、その部分だけ原文と比較するのです。

もっとも、この方法だと訳抜けや誤訳を見落とすというリスクはあります。たとえ訳文がスラスラ読めても、実は原文の内容の一部がごそっと抜けているかも知れません。また、訳文を読んで「なるほど」と思えても、原文と意味が違うかも知れません。

そこで、もう1つの方法として、ランダム・チェックがあります。

タイトルと最初の段落を原文と比較し、それ以降はランダムに段落を選んで原文と比較するやり方です。(例えば、各ページの最初の段落だけチェックするとか。)

なぜタイトルと最初の段落が必須かというと、そこに誤字脱字があると印象がすごく悪くなるからです。

カナダ政府の場合、400ワード分の翻訳箇所を文書の量に応じて1~3箇所抜き取ってチェックしたそうです。

最後に、社内チェックを全くしない、という選択肢もありえるでしょう。